口碑に曰く、奈良時代・養老二年(元正天皇)約一二八〇年前仁聞菩薩始めて錫を此地に駐め温泉を拓き、
諸々の病者して入浴せしめ後、丘に一宇を建立し観海寺と称す。當時一刀三禯の薬師如来の尊像を彫刻し
本尊仏となす。
   とあり奈良朝、六郷満山を開いた僧、仁聞の開基とされております。

  現在の観海寺は昭和13年に再興されたもので禅宗系・曹洞宗です。
  新しい資料では豊後の国主大友宗麟の古文書が発見され、約440年前に当観海寺が有ったことが
 証明されました。
  当寺には後白河法皇の第3皇女・式子内親王(百人一首和歌の名手)御墓や、幕末の有志二条義実公
 御墓・特攻撃隊憩翼の碑があります。

                                       曹洞宗  観 海 禅 寺



式子内親王のお墓です。 二条義実公のお墓です。 特攻撃隊鎮魂の憩翼碑です。